「根拠はもう浮かばない」あるいは「これで十分」という場合のさらに根拠を探るヒントとしての各種「壁」、また思い込みがあるかどうかのチェックポイントとしても使えるのが以下の問いです。
人は、その一段下に、思い込みを持っているものです。それを探っていくテストになります。
いま自分が確信を持って言える信念を挙げて、そこに思い込みがないかどうかをチェックしてみよう。以下の質問に、あえてイエスかノーで答えます。
(1)その正しいという実感は十分信頼できるのでその根拠は必要ないと思える[Y,?,N][→実感の壁]。
(2)当たり前すぎてその根拠を問う必要性を感じない[Y,?,N][→当たり前の壁]。
(3)忘れている過去の出来事に原因がないとは言い切れない[Y,?,N][→記憶の壁]。
(4)何かの問題を避けている、あるいは防衛機制の結果ではないとは言い切れない[Y,?,N]。[→防衛の壁]。
(5)自分のアイデンティティやプライド、こだわりに関わっている(否定されると自分の価値が下がる)気がする[Y,?,N][→こだわりの壁]。
(6)何らかの願望の結果ということはないとは言い切れない[Y,?,N][→願望思考の壁]。
(7)わずかな感覚のために大事な点を見逃してることはないとは言い切れない[Y,?,N][→鈍感の壁]。
(8)社会的常識(みんながそう思っているからなど)とかマスコミなどの影響はないとは言い切れない[Y,?,N][→認知バイアス・思い込みの形成要因]。
4つ以上「Y」だとその信念は思い込みが疑われます。
しかし「N」つまり「・・・でないと言い切れる」場合もその確信がどこから来るのかよく考えてみる必要がありそうです。
思い込みは無意識であるがゆえに意識では疑わないこともあります。その確信が強ければ、その強さの根拠を問うべきです。「?」が多ければ、その信念にあまり確信がなく、思い込みかもしれないと自分でもどこかで疑っていることになるだろう。
すでに述べたように「すべて」は仮説だという態度が、思い込みに陥らないために必要になってきます。仮説ではなく、確信が強いほど、思い込みの可能性が高いという「逆説」的なことが言えるわけです。つまり他のことからの影響を受けていないと確信し、その信念で強く「よし」とする点、その根拠をそれ以上問わない態度そのものが、思い込みとして疑われるというわけだ。
確信が強いなら、本当はさらにその確信の根拠があるはずだから。
玉ねぎの皮むき作業のように、一枚一枚、自分の信念、思い込みをめくっていきましょう。
そのお手伝いをするのが、私たちです。
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